正義という名の凶器


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正義という名の刃を地に置き、
拒絶という盾を下げてみる。
執着という兜を外して
恐怖という鎧を脱ぎ捨てた時、

見えていなかったことが見え、
重かった体が動き出すだろう。
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正義とは自分の行動指針。

『正義=正しいこと』と認識している人が多いかもしれませんが、世界にいる人すべてが正しいと思う物事はおそらくないでしょう。

もし正しいことがあるとすれば、それは “自分が正しいと思っていること” です。
本当に正しいことがあるならケンカも戦争も起きないはずだからです。

争っている場合は、お互いが「私は正しい!私は間違っていない!」と思っていることでしょう。

ただ、ちょっと気づいてほしいのです。

自分が正しいと思っていることを相手の価値観や世界観も考慮せず押し付けると、周りの人が不快に思うことがあることを。

「○○なんだから、こうしなさい!」
「こんなことするなんて、何考えてるんだ!」

あなたは、こういった言葉を見聞きしたり、つい言ってしまったりしていませんか?SNSでの発信叩きもこの一例でしょう。

私はこの現象を『正義という名の凶器』と呼んでいます。

正義は、自分の行動指針ともいえる羅針盤やシンボル的存在であるはずなのに、相手に振りかざすことでその人を傷つける刃へ変わってしまうこともあるのです。

もし、ここまで読んで少しでも共感できることがあったら、3分時間をつくって、最近の自分の行動を振り返ってみてください。

<ステップ1>
最近ケンカしたり怒ったことはありませんでしたか?

<ステップ2>
その時、自分の考えを一方的に押し付けていませんでしたか?

<ステップ3>
相手が本当に望んていたことは何だと思いますか?

<ステップ4>
相手が望んでいたこととあなたの価値観(正義)で、重なることや第3の案はありませんか?

もし、ここまでやってみて
「こういう言い方もできたかなぁ」
「こんな案も考えられたな」
ということが出てきたら、

<ステップ5>として
もう一度その人と話してみたり、「あの時はごめんなさい」と謝ってみるのもよいでしょう。
どうしても価値観が合わないこともありますが、意外と共通点も見つかるものです。

最後にもう一度冒頭の言葉を記しておきます。

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正義という名の刃を地に置き、
拒絶という盾を下げてみる。
執着という兜を外して
恐怖という鎧を脱ぎ捨てた時、

見えていなかったことが見え、
重かった体が動き出すだろう。
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